科学実験に渦巻く幻想と誤解―理科実験を学ぶ意義―

2019.11.05 Tuesday 15:55
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    「理科実験を専門とする塾をやっています」と話すと、おおよそ以下のような反応をいただきます。「面白そうですね。楽しそうですね。」「子ども(小学低学年or未就学児)にやらせてみたい。」「科学実験のお楽しみイベントをやったらいいね。」etc.…。もちろん、みなさん好意的に受け止めて声をかけてくださっているので、これらのお声をありがたく頂戴しています。ただ、心の中である想いがこみ上げてきます。それは、理科実験から連想される世間のイメージと理科実験のあるべき本質とが乖離している風潮に対する憂いです。

     

     

    ■科学実験は日常や学習と切り離された体験型娯楽?

     

    科学実験はバラエティー番組で恰好のネタになります。キャラ立ちする専門家による科学ショーは、ちょっとした不思議を面白おかしく解き明かしてくれます。タレントさんがプロのリアクションでショーを引き立て、お茶の間に「へぇ〜」の旋風を巻き起こします。こうしたバラエティー番組自体は分かりやすく楽しい内容です。

     

    バラエティ番組の科学ショーが生み出した科学実験のイメージは、子どもたちをドキドキわくわくさせる素材に合致します。昨今は子どもを対象とした科学イベントがあちらこちらで開催されるようになりました。こうした科学イベントは、子どもたちの科学への興味を引き出す入り口として一定の役割を果たしており、ともすれば、小難しくて嫌煙されがちな科学を日かげから日なたの存在へ引っ張り出すことに成功しました。

     

    幼い子どもたちが科学実験に胸躍らせる姿は、大人をほっこりさせるし絵にもなるでしょう。けれども、経験値が低く論理的思考力と学力の土台が未発達な子どもたちは、科学実験の現象を感覚的に楽しめても体系的な理解を得るに至りません。そこで、科学実験は驚きと楽しさを伝道する手品のような娯楽と化します。科学実験に興じた子どもたちが中高生になり、「実験は好きだけれど理科や数学は嫌い」・「理科や数学が世の中の何の役に立つのか分からない」と捉えてしまう現実は残念でもったいない限りです。こうした子どもたちにとって科学実験は非日常世界のものであり、教科書や受験勉強とは無縁のものと認識されてしまっています。これは子どもたちに限ったことではなく、保護者をはじめ世間にも当てはまります。科学実験が日常や学習と切り離されたエンターテイメントに終始するほどに、理科実験の本質が置き去りにされている気がしてなりません。

     

     

    ■科学は日常世界と隣り合わせの存在

     

    日常には科学が溢れています。気候・生活・仕事において意識するしない関わらず、私たちは科学現象に囲まれ、科学技術の恩恵を授かりながら生活しています。

     

    例えば、料理で言えば、調味料を入れる順序で有名な「さしすせそ」は浸透圧や分子の大きさで説明ができます。気象で言えば、ガラスの曇りをとる術や朝霧が立ち込める理由の説明には、気温差における飽和水蒸気量の知識があれば対処できます。他にも、濡れた髪の毛を速く乾かすにはドライヤーの熱に頼るのではなく風を上手にあてるのが有効だとか、相撲では相手の押してくる力の反作用を利用すると小柄な人でも勝てるとか、加熱用カキと生食用カキの区別が鮮度の違いによるものではなく養殖場の場所の違いによるものであり、それはプランクトンと海に流入する養分における食物連鎖が関係しているとか、酸化チタンなどの光触媒技術を利用した外壁材は建物の耐久性を向上させ外壁の退色も防いでいるなど、例を挙げるときりがありません。

     

    科学は日常とは別世界にある特別で小難しいものではなく、日常の世界の森羅万象を解明し、社会を革新させるものです。

     

     

    ■理科実験で培われるのは忍耐力と日常に応用できる思考力

     

    理科実験が他の教科と異なる点は、机上の思考ではなく五感を生かした実践的な思考を要することです。というのも、理科実験を行う上で失敗する場面や思い通りにならない場面で求められる試行錯誤という行動は思考の舞台を作り上げるからです。

     

    例えば、理科のテスト問題で【 】のような条件文言を見たことがあると思います。

     

    同じ直径の鉄球と木球を高さ50僂涼賄世ら同じ斜面に転がした時、ゴールに速く到着するのはどちらの球か?

    【ただし、摩擦や空気抵抗は考えないものとする。】

     

    教科書やテスト問題上の正解(つまり、机上の正解)は、《鉄球も木球も同時に到着する》です。球の質量は落下速度に関係しないからです。しかし、実際に実験を行ってみると僅かに鉄球が先に到着します。これは、斜面と球の摩擦および球が受ける空気抵抗によって誤差が生ずるためです。では、誤差を最小化して理論通りに近づけるにはどうしたらよいのか。斜面の素材を変更するか?球の径を小さくするか?真空装置の中で実験を行うか?原因を探り、こうするといいのではと仮説を立て、改良を施して再検証する。こうした試行錯誤を行う中で思考を練り理解を深められるのです。

     

    科学の原理原則は論理的であるからこそ、問題の原因を探ったり解決方法を導いたりする上で論理的思考力が養われます。日常に応用できる論理的思考力は“理科"という教科を通して習得されるべき力であり、“理科”という教科が存在する理由です。実験検証は、仮説に基づき条件を変えながら繰り返し実験を行う地道な活動です。僅かな結果の差異に着眼する。仮説や理論との整合性が取れなければ原因を探り解決策を練る。観察力・洞察力・創造力・忍耐力を駆使して主体的に理科実験と対峙する。理科実験の本質は、科学実験ショーや成功のお膳立てをされた科学実験体験のようなレールに乗せられている立場では学べません。

     

     

    ■理科実験で培われる思考サイクルはすべての教科に通じる

     

    理科実験のような体験型学習は受験と無縁だと捉えられがちです。受験や定期テストというハードルを前にして、多くの受験生と保護者に選ばれるのは理科実験塾よりも受験対策や定期テスト対策を対象にした学習塾です。受験で必要とされる学力は、その場限りの知識と解き方の詰め込みではなく、筋道立てて解答を導く考え方です。しかし、学習塾に通う多くの生徒が陥りがちな症状は受験対策への最適化であり、彼らが論理的思考力を醸成することはありません。(もちろん、学習塾においても学びの本質を理解し思考力を向上させられる生徒もいます。)論理的な考え方は一朝一夕で身につきませんから、普段から何らかの活動を通して思考する癖を身につけるほかありません。理科実験や理系進学に関心を持てる人ならば、理科実験は思考する癖を習慣づける最適な素材の一つです。

     

    情報を分析して、解決法を構築した上で、効率的に説明(実証)する。これは理科実験で行われる思考サイクルですが、英語・数学・国語などの教科でも同様の思考サイクルが必要とされます。

     

    例えば、英語の長文解釈問題を解く時は、文節単位で係り受けを考え整理する《情報を分析》⇒日本語訳を組み立てる《解決に向けた構築》⇒問題の条件と字数制限に合わせて分かりやすく要約する《効率的な説明》という思考サイクルが要求されます。

     

    数学で言えば、二次関数の問題を解く時は、問題文とグラフを読み込み情報を整理する《情報を分析》⇒知りうる法則と知識を総動員して解法を組み立てる《解決に向けた構築》⇒場合分けなど順序立てて解答する《効率的な説明》という思考サイクルが要求されます。

     

    受験は知識とハウツーの詰め込みで乗り越えられると思われがちですが、出題者が問いたいのは考え方と表現方法です。もちろん、知識の習得は必要ですが、知識は考え表現する際の道具と部品です。受験問題では知識を知っているか否かを問われているのではありません。知っている知識をどの場面でどのように活用するのかが問われています。暗記ばかりの勉強をしても一定の点数より向上しないのは、思考のサイクルが身についていないからです。

     

     

    ■好きを伸ばして将来を切り拓く面白さ

     

    人は好きな道に出会い没頭すると、必要な技術や学問を習得して、さらにその道を究めようとします。子どもたちが自主的に勉強に取り組み成長するには、周囲から与えられた勉強ではなく、自ら見つけた"好き”が近道となります。そうは言っても、ボサーっと過ごす我が子に「勉強しなさい。○○しなさい。」と口うるさくなってしまう親御さんの気持ちは分かります。我が子を案ずる親御さんに聞いていただきたい「好きを自己成長力に変えた高校生の実話」があります。

     

    自動車レースF1の世界に単身飛び込み、現在ハースF1チームのチーフレースエンジニアとして活躍する小松礼雄(あやお)さんの遍歴をお話しします。チーフレースエンジニアとはチームの戦略やマシンセッティングを統括するトップエンジニアで、チーフ職は各チームに一人しかいません。(現在のF1は全10チームなので、F1のチーフエンジニアは世界に10人しかいません。ちなみにF1ドライバーは各チームに2人ずつ在籍しているので計20人となります。)欧米人が幅を利かせるF1レースの世界では、ホンダのような日本のメーカー絡みを除けば、日本人が単独でエンジニアリングやチーム運営の世界に身を置くことは稀です。

     

    小松さんは自身を“文系出身のエンジニア”と称しています。というのも、高校時代は数学の偏差値は30台で英語も全く話せなかったからです。高校卒業を控えて「F1のエンジニアになるためイギリスに行く」と決心したのですが、先生には相手にされず、友人には馬鹿にされたそうです。しかし、単身渡英し、大学予科学校や英語学校に通い英語力を身につけながら、自動車工学で有名なラフバラ大学に入学します。英語も数学も苦手だった小松さんが、大学卒業時には自動車工学専攻において主席に次ぐ2位の成績を修めます。大学院では実践的な機械工学を習得し、卒業後念願だったF1の世界に職を得ます。F1エンジニアの世界とは、優秀な学校を卒業しエリート意識が高い理系人間が集う場所です。そうした世界において、“文系出身エンジニア”を自負する小松さんは、コミュニケーション力を生かし、データ分析が主流になったF1の世界において現場感覚を重視した柔軟な仕事ぶりで実績を築き上げていきます。やがて"エンジニア小松”の名は知られるところとなり、現在の地位に上り詰めます。

     

    小松さんは高校大学時代を振り返り、「高校では物理や数学が何の役に立つのか分からなくて、ぜんぜん面白くなかった。イギリスに留学してからは物理や数学の意味と目的が分かり、学ぶことが楽しくて仕方なかった。」と語っています。

     

    理科実験に話を戻します。理科実験の活動に没頭し科学への興味を増すと、科学と社会のつながりを意識し、目標を抱けるかもしれません。進路を見据えた時、必要な教科に意味を見出すでしょう。小難しい化学式もそれが何の役に立つのか、何を意味するのかを理解できるでしょう。理科との関連が強い微分積分や三角関数や統計学を学ぶ必要性も実感できるでしょう。大学での研究では文献や論文を読みこなしたり、研究発表したり、海外の機関と共同研究したりしますから、国語力と英語力を身につける必然にも行き当たるはずです。社会の課題を知ることで研究の方向性を見出せます。

     

    好きな道から学びの楽しさと意味を知る。受験の為や学校の成績の為と用意された教科をこなすのは面白くなくて当然です。思春期の子供たちが、一点の好きから学びを広げる面白さに気づける環境こそ、大人が思春期の子供たちに用意するべきではないでしょうか。科学に好奇心を抱ける中高生が、理科実験をお楽しみイベントとしてではなく探究力を養える学びとして捉えられるように理科教育を広めていかなければなりません。

     

     

    中学から理系を目指す理科実験&国語専門塾|理科塾

    https://rika-jyuku.com

     

     

     

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    筆算の定規直線問題から考えるノートの使い方

    2019.10.03 Thursday 13:40
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      ■筆算の定規直線問題にみる教育の慣習

       

      『筆算の直線を定規で引かなかったらやり直しを命じられた』福岡の小学5年生に起きたエピソードが新聞に取り上げられ、ネット上で話題になっています。学習の目的と手段を取り違えている“学校あるある”の典型的な例だと思います。批判の矛先は先生の指導内容に向けられているようですが、教育における慣習に対して疑問を抱かない空気は、子も親も含めて社会全体に蔓延しています。筆算直線主義の先生も小学生だった時に同様な指導を受けてきたのでしょう。

       

      私も中学生の頃を思い返すと、毎日提出を義務付けられた数英の課題ノートを"美しく”書くことに注力していました。色ペン・蛍光ペンを駆使してきれいに書きあげると課題を“ちゃんと”こなしたアピールになるのです。きれいに書く⇒先生に評価される⇒内申点へつながる。こんな図式が課題ノートにはありました。しかし、ノートは誰かに見せるためではなく、自分の理解向上のために利用されなければなりません。ちなみに、英語が得意科目だった私にとって理解しきった内容をわざわざ課題ノートに記す必要などなく、課題ノートは作業そのものでした。

       

       

      ■ノートを作品化させる指導は間違っている

       

      ノートの取り方・使い方を教えること自体に問題はありません。ノートの基本的な使い方はありますし、小学生ならばマス目や罫線の利用方法を教えてしかるべきです。ただし基本的な使い方を超えては、各生徒がやりやすい方法を見出せば良いのです。『こういう方法もあるよ。』とか『こうするといいよ。』とかいった程度の指導で充分です。勉強の理解を捗らせる上でノートは目的ではなく、手段であるからです。

       

      しかし学校現場では、"美しくまとめられたノート=理解が深まる”信仰は根深く、画一的な方法を強要する事例が多く見受けられます。「紙がもったいないから、マス目は隙間なく書きなさい。」・「途中式やメモ書きを消して答えのみを丁寧に書きなさい。」本気ですか?と言いたくなります。資源は大切ですが、節約する場所を間違えていませんか。ノートなんて何冊だって買ってあげるからどんどん書き込みなさい。後述しますが、途中式やメモ書きこそノートの醍醐味ですので、消す作業は時間と消しゴムの無駄です。

       

       

      ■マルを目標にしてはいけないーノート作品化指導に翻弄される子どもたち―

       

      ノートをきれいに仕上げる指導が目的化されると、ノートは清書でなければならないという意識が子どもたちに植え付けられます。途中式やメモ書きを極力書かず、書いた内容に間違いがあれば消し、問題を解くことよりも綺麗に見せることに神経を払うようになります。出来上がったノートは字の上手さを除いて皆同じとなり、問題と答えがきれいに並びます。こうなると厄介なのは、答え合わせでバツがつけられた時に間違えた答えを消してからやり直す癖がつくことです。バツはノートの秩序を乱すから排除する。そんな意識が芽生えてしまうと、頑張ってノートを仕上げた割に学習効果が上がらなくなります。

       

      バツには勉強の種がつまっています。バツは、どうして間違えたのか・どこを考え違えたのか・自らの弱点はどこかを知る手がかりです。やり直す時はバツをそのままにして、その横や下にもう一度問題を書いてやり直せばいいのです。そもそも途中式やメモ書きを書き記していなければ間違いの原因も分かりませんが…。子どもたちが、計算問題や漢字の書き取りでバツをつけられることを嫌い、〇マルが並んだノートにしたり顔するようでは本末転倒です。

       

       

      ■ノートは頭の中に浮かんだ考えの筋道を記すもの

       

      ノートとは、答えを導くための筋道を書き留めるために使われるものです。例えば数学の問題では、A=B・B=CゆえにA=Cという三段論法のように、解答に辿り着くまでの論理が求められます。問題から与えられた情報を図や表に落として頭の中を整理する。考えた論理を式と言葉で理路整然と組み立てる。そこで頭の中に浮かんだ考えを視覚化させる道具がノートです。したがって、ノートを清書のように仕上げる必要はありません。どんどん書いて考えが行き詰ったら次のページから仕切り直せばいい。極論を言えば、ノートは自分だけが理解できれば良いものでもあります。

       

      耳にした話では、東大生が書くノートは汚いものが多く、“清書ノート”とは程遠いとか。(私はきれいに書いてますという東大生には失敬…。)つまりは、問題を解くにあたり筋道を立てて考える習慣が身についており、勉強とノートの使い方における本質を理解していると言えます。

       

      多くの小中学生は、一問一答的な問題を好む一方で、算数の文章題や数学の証明問題になると手も足も出なくなります。現場に立つ先生なら誰でも実感しているでしょう。こうした実態もノートを美しく書く指導が手段ではなく目的と化した弊害なのかもしれません。ノートとは何のために使うのか、ノートは頭の中の軌跡であると小中学生の頃から教えていけば、考える習慣が身についてくるのではないでしょうか。

       

       

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      科学実験に大活躍!国民的清涼飲料水

      2019.07.22 Monday 15:37
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        タイトルを見て「あのドリンクのことか」とピンと来た人は科学好きですね。そう、イオンサプライ、ポカリスエットです。1980年に発売されて以来、日本中で飲まれ続け、2008年には累計発売本数が300億本に達した国民的清涼飲料水です。

         

         

        ■小学生には難しくて高嶺の花だったポカリスウェット

         

        80年代に小学生だった私がポカリスウェットを初めて口にした時の衝撃は、今でも記憶に残っています。甘さは感じるものの、はっきりしない水のような味…。当時、小学男子たちが虜になっていた飲料と言えば、王道のコカ・コーラをはじめてとしてファンタ・スプライト・アンバサダー・メローイエローなど鮮やかな色合いに甘くてパンチの効いた味の炭酸飲料でした。ポカリスウェットは、王道に反して無炭酸で薄い乳白色です。しかも、ブルーを基調としたデザインの245ml缶の値段がコカ・コーラなどよりも20円高く、小学生が自販機のボタンを押すには躊躇いがありました。そんなポカリスエットが本格的スポーツ飲料として認知され始めると、私の通っていた小学校では水筒の中身としてポカリスウェットが許可されるようになりました。スポーツ系男子たちは、粉末を水に溶いたポカリスウェットを水筒に入れてくるようになり、麦茶しか注いでもらえない同級生から羨望の眼差しを向けられたものです。

         

        微妙な味と高めの価格、発売当初、小学男子に支持されなかったポカリスウェットがスポーツ飲料としてお堅い学校にも認められるようになったのは、飲料としての立ち位置が一般的な清涼飲料とは異なっていたからです。

         

         

        ■ポカリスウェットは"汗の飲料”―開発秘話ー

         

        ご存知のようにポカリスウェットを開発したのは大塚製薬です。製薬会社の発想らしく、新飲料開発の原点は"飲める点滴薬”を作ることでした。点滴薬はブドウ糖液糖を主成分に必要な薬剤が混合されています。ブドウ糖は単糖類といって消化を必要とせず、血管から体内に直接吸収される炭水化物です。ブドウ糖は、病人が素早く栄養補給するのに適しているため、"飲める点滴薬”という発想は理にかなっていると言えます。開発の試行錯誤が進む中、新飲料のコンセプトは"汗の飲料”に定まりました。人間は発汗すると水分を失います。汗には水分以外に塩分とわずかなミネラルが含まれており、発汗し続けると体に必要な水分と電解質が失われてしまいます。そこで、失われた水分と電解質を素早く補うには汗に近い成分の飲料を摂取すれば良いという発想の下、1000種類以上の試作品が作られました。

         

        しかし、汗に近い成分の飲料となると味に難があるのは想像に難くありません。発売当初、営業担当は、販売店と消費者から理解を得るのに大変な苦労をしたそうです。コーラやファンタと同種の新飲料としてポカリスウェットを捉えていた当時の小学生が「なんだこれ」と思ったのも無理はありません。

         

         

        ■科学実験の強い味方!

         

        塾で「糖」の実験を行うにあたり、必要な部材をスーパーマーケットまで買い出しに出かけた時のことです。ブドウ糖、果糖、麦芽糖、ショ糖、エリスリトール、オリゴ糖etc.、糖に関連する食品の現状を調べようと、片っ端から食品を手に取り成分表を眺めていました。(買い出しの時でなくても職業柄よくやってしまいます。平日の昼間に食品の成分表ばかり見つめる中年男性…やばい。)手に取ったポカリスウェットの成分表を見て、「すごい!」とはしゃいでしまいました。(心の中で)

         

        ポカリスウェットの原材料(大塚製薬ホームページより)

        砂糖(国内製造)、果糖ぶどう糖液糖、果汁、食塩/酸味料、香料、塩化K乳酸Ca、調味料(アミノ酸)、塩化Mg酸化防止剤(ビタミンC)

         

        ポカリスウェットには、これまで数々の理科実験でお世話になっています。

         

        ‥澱咾亮存海任蓮電解液として…

        亜鉛版と銅板をポカリスウェットに入れると電気が流れます。原材料の食塩・塩化K・乳酸Ca・塩化Mgは、溶液中ではナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウムのプラスイオンと塩化物・クエン酸・乳酸のマイナスイオンとなりますから、電子の流れが生まれるわけです。

         

        豆腐の実験では、にがりとして…

        大豆をすりつぶして濾した汁(ごじる)ににがりを入れると豆腐ができます。にがりの代わりにポカリスウェットを入れると甘いポカリ味の豆腐ができます。ごじるのタンパク質を電気的に結合する働きをするのが、マグネシウムイオン(2価の陽イオン)です。このマグネシウムイオンはにがりの主成分でもあり、汗に含まれるミネラルでもありますから、ポカリスウェットに含まれています。

         

        4垳戯泪咼織潺C

        中学や高校の化学で登場する酸化と還元を覚えていますか。酸素と結びつき電子を失うのが酸化で、その逆が還元です。ポカリスウェットに限ったことではありませんが、ビタミンCは酸化防止剤としてお茶やジュースなどに添加されています。ビタミンC(薬品名をアスコルビン酸という)は還元作用のある物質で、お茶や果汁が酸化されて風味が悪くなるのを防いでくれます。理科実験では、茶色のヨウ素液にビタミンCをたらして無色透明にする還元実験が定番です。

         

        っ嬰類のブドウ糖と果糖

        果糖ブドウ糖液糖はアイスクリーム・かき氷シロップ・清涼飲料水などに添加されています。上白糖やグラニュー糖などのいわゆる砂糖は二糖類といいまして、同じ糖でも分子構造が異なります。前述の点滴薬でも述べた通り、単糖類は消化する必要がなく吸収されるのに対して、二糖類である砂糖は、消化して単糖類にしないと吸収されません。単糖類である果糖は砂糖より甘みが強く、特に低温で甘みを発揮することからアイスクリームや清涼飲料水に添加されています。

         

        イオンサプライ、化学満載!さすが製薬会社が開発した飲料です。ポカリスウェットが国民的清涼飲料水としての地位を確立した所以に頷けます。一方で、ポカリスウェットが"汗の飲料”であるということから、私たちの体がいかに化学的な組成をしているのかを改めて痛感させられます。

         

        追伸)理科実験で便利な、濃度調節が可能な粉末タイプまで開発してくれた大塚製薬さま、ありがとうございます。理科実験なんて想定された使い方ではないでしょうが…。

         

         

         

         

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        探究学習のススメ−日曜は、科学実験の探究に没頭する。−

        2019.07.17 Wednesday 15:22
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          科学実験塾を営んでいると、ある壁に突き当たります。ある壁というのは、「限られた時間の中で、科学実験を通して学びの本質を生徒に伝えきれているのか」という問題です。

           

           

          ■探究学習で得られる3つの力

           

          学びの本質とは、探究する学習の中にあります。科学実験は奥深く、興味や閃きをそそる素材の宝庫ですから、探究するのに適しています。自然科学の原理を知り、科学と日常生活との接点から新たな疑問や課題を起こし、課題の解決に向けて試行錯誤する。探究活動の過程において、「課題を自らに問う力」・「考える力」・「解決する力」を養えます。もっとも、科学実験以外の分野でも夢中になれるもの・探究できるものがあれば、3つの力を養うことは可能です。理科教育に従事する者として、ここでは科学実験を中心に話を進めます。

           

          探究学習の一方で、偏差値や受験の合否を教育のゴールだと考えている人は未だ世の大半を占めています。こうした傾向は、功利主義が渦巻く世相の表れかもしれません。例として、『地域の御三家・四天王と呼ばれる高校ならどこでもいいから入りたい。』とか、『学部は関係なく、MARCH以上の大学ならどこでもいい。』とかいった声がよく聞かれます。(かく言う私も10代の頃は右に同じでした。)しかし、学びの本質を欠いたまま勉強に臨んでも思うように成績は上がらないでしょう。詰め込みとテクニックで合格を勝ち取ったとしても、受験の成果が個人の豊かさと社会の持続繁栄に寄与しない見せかけのものに終わるかもしれません。(個人の豊かさとは何かという問題がありますが、それは別の機会に。)学ぶ上で大切なことは、学びの奥深さ・考える楽しさを知っているかどうかにあります。それでも、多くの受験生や親は点数に直結する(と思い込んでいる)勉強やハウツーばかりを追いかけ、探究学習には目もくれません。

           

           

          ■探究学習は受験と無関係なのか―堀川の奇跡が証明したこと―

           

          京都市の中心部、かつて本能寺があった場所に私立高校と見紛えるほどの近代的な校舎がそびえています。京都市立堀川高校は、明治41年創立の京都市立堀川高等女学校を前身とする伝統校です。公立ながら毎年、京都大学の合格者数ランキングで上位に顔をのぞかせることで有名ですが、20年ほど前までは国公立大学の合格者数が10名に満たない学校でした。いったい、この20年の間に堀川高校ではどんな秘策が施されたのでしょうか。私立高校にありがちな特進コースを設けて、予備校のごとく受験の猛特訓を生徒に課したわけではありません。

           

          堀川高校の特徴は、20年前に新設した探究科という一風変わった名称の専門学科にあります。探究科は、人文・社会系の人間探究科2クラスと自然科学系の自然探究科2クラスで構成されています。自立した個人を養成するという理念の下、探究科の生徒たちは主体的な学びを実践しています。具体的な活動の一つとして、1・2年次に履修する探究基礎とよばれる科目があります。探究基礎では、独自テキストを用いたゼミナール形式の授業や個人研究活動を通して、ディスカッション・質疑応答・パネル発表などの経験を積みます。その目的は、受験に直結した学力の向上ではなく、「どのように研究学習に取り組めばよいのか」という“探究学習の仕方”を学ぶことにあります。

           

          探究科初年度の卒業生を輩出した2002年には、前年6名だった国公立大学の合格者数が106名へと大躍進を遂げ、堀川の奇跡と謳われました。探究学習の仕方を学んだ生徒たちは、自ら課題を設定し、その課題の解決に至るまでのプロセスを試行錯誤する学びを行ってきました。試行錯誤する学びには用意された正解がありません。生徒たちは、教科書をなぞる学習にはない楽しさや苦しさを経験する中で、学びで広がる可能性を実感してきたのではないでしょうか。堀川の奇跡は、探究学習を通じて生徒たちが進路への明確なビジョンを見据え、学びのモチベーションを抱いた証左です。

           

           

          ■科学実験を通して探究学習させることへのジレンマ

           

          科学実験は、黒板とテキストがあれば授業が成り立つ座学とは異なり、試薬や科学器具を扱いながら進行する実習授業です。故に、科学実験と向き合うには腰を据えて取り組む必要があります。さらに座学と同様または、それ以上に思考する労力も要します。というのも、科学実験とは本来、疑問を問うところから始まり、予備知識を調べ上げ、仮説を巡らし、実験計画⇒準備⇒検証⇒失敗や新たな疑問⇒検証の繰り返し⇒考察、に至るまでの地道で長い道のりをたどるからです。試行錯誤しながら科学実験を探究するには時間を要します。たまに来る実験教室の2〜3時間程度の授業時間において、生徒たちにこの道のりをじっくり探究させることにジレンマを感じる時があります。

           

          科学実験のプログラムを検討する時、時間内で完結できるように内容を絞り、可能な限りの下準備を事前に施し、分かりやすく再現性のある結果となるように調整します。生徒たちは、こちらが事前に敷いたレールをたどりながら実習に臨むわけです。本来、科学実験は、仮説の誤りや実験方法・条件設定の甘さによる失敗がつきものです。一発で成功するようにお膳立てされた実験ばかりを体験していると、エンターテイメント性を追求し、理解が深まらないというパラドックスが発生します。言い方が悪いのですが、授業時間が限られている以上、面白く分かりやすい科学現象のいい所どりをさせてしまっている節は否定できません。もちろん、理科の専門塾として充実した内容を行っている自負はありますし、生徒たちに科学への好奇心を喚起させ、基本的理解を深めさせる上で、一定の責務を果たしてきたと思っています。しかし、中学生以上を対象にする実験塾として、面白楽しの実験結果を受け身的に楽しませて終わりでは、意味がありません。

           

          昔の教え子から当時よく聞かれた言葉があります。この教え子は、教室へ入って来ると「今日は、どんな楽しい実験をしてくれるのか?」と私に聞くことが挨拶代わりでした。毎回、塾に通うのを楽しみにしてくれていた点では、私にとって嬉しいエピソードです。しかし、どこか実験ショーを体験しに来たかのような受け身な言葉に実験塾としての至らなさみたいなものを感じていました。もちろん、この教え子が悪いのではありません。むしろ、好奇心も旺盛で、理解も優秀な生徒でした。子どもたちが受け身の学習姿勢となってしまう原因は、学校をはじめとする日本の教育の在り方にあります。

           

           

          ■受け身型学習に慣れすぎてしまった子どもたち

           

          日本の凡その学校では先生の教えたことをなぞることが教育のかたちとされてきました。子どもたちは小学校から受け身の学習スタイルを強いられてきたため、自学自習の方法を知りません。日本の教育は、教科ごとの枠にはめられた既知の知識の習得に重きを置いています。学校でも塾でも、生徒全員が一人の先生へ体を向けて、教えられたことを素直になぞり、正しい解き方に沿って解くという受け身の学習が行われています。受け身型学習のすべてを否定しているのではありません。年齢の段階に応じて子どもたちの真っ白なキャンバスに既知の知識を学ばせることは必要です。積み上げた知識を体系化すれば、考える際の引き出しとなるからです。しかしながら、受け身学習の経験しかない子どもたちは2つの弊害に陥りがちです。一つは、問題は与えられるものだという思い込みであり、もう一つは、解答に至るプロセスよりも正解をすぐに求めてしまう学習姿勢です。

           

          受け身型学習に慣れた子どもたちに「仮説を立よう」だとか、「結果から考察しよう」だとか、「新たな疑問を生み出そう」だとか求めても、子どもたちは何をどのように考えればよいのか分かりません。そこで、考えるために必要な基礎知識を学ばせた上で、実験のプロセスと考え方を教える必要があります。実験の失敗も授業に活用すると、失敗が試行錯誤を促し、思考と理解を深めさせる材料となります。先生は、安全を確保しながら見守り、生徒が行き詰った時にアドバイスを与える役割に徹して、探究が生まれる環境を作れば良いのです。

           

           

          ■あなたの日曜日の7時間をください。

           

          探究する学びとはどういうものなのか。探究から得られる前述の“3つの力”をどうしたら養えるのか。これらは、先生からテキストを使って教えられるのではなく、自ら探究活動する中で掴み取るしかありません。科学体験ショーではない、知的探究としての科学実験を行うにはまとまった時間が必要だと述べてきました。一つのテーマを掘り下げるために、失敗も含めて様々な角度から実験を試行錯誤する。「どうすれば課題を解決できるのか。」、「仮説を検証するために実験計画をどのように立てれば良いのか。」、「結果から得られたデータをどのように整理して捉えればよいのか。」、手を動かし、眼を利かせて、思案する。科学実験の探究に没頭することで、「問う力」・「考える力」・「解決する力」を身につける。実験塾を運営する者として、科学好きな中高生に科学探究づくしの場を提供したいとの思いを巡らせてきました。

           

          中高生は受験勉強や部活動に忙しい日々を送っています。特に部活動では休日の活動と朝練が当たり前のように行われ、中高生の貴重な時間を奪っています。国体やオリンピック、その先のプロ入りを目指しているのならば部活動に青春をかけてください。ただし、理路整然とした指導の下、科学的なトレーニング法を取り入れて成長期の体づくりを考慮した環境が整っていることを願います。しかし、もし所属している部活動から半ば強制的に参加を求められているのならば、または、周囲と歩調を合わせ仕方なく参加しているのならば、もしくは、精神論を唱える鬼顧問と先輩の顔色を伺わなければならない空気が蔓延しているのならば、あなたが本当に興味のある分野に時間を割くべきです。

           

          理科塾は、科学系の学習と進路に興味を抱く中高生を応援します。月に1度の日曜日の7時間、科学実験の探究に没頭してみませんか。できることなら毎週日曜日としたいところですが、他教科の勉強も必要ですし、家族や友達や恋人?と過ごす時間も大切ですから、控えめにしておきます。それでも、朝から夕方まで少人数で主体的に科学探究をするのは、ハードスタディです。これまで気づけなかった学びの世界に足を踏み入れることで、知りえなかった未来を垣間見るチャンスがここにあります。

            

          解答をすぐに求める学習しか知らない生徒よりも、解答に至る道筋を考え抜く力に長けた生徒の方が、受験でもその後の人生でも道を切り拓いていけます。

           

           

          理科塾ホームページ>科学コース>日曜探究ラボの詳細はこちら

           

           

           

           

           

           

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          それ、悪文かも。話せても書けない「書き言葉」−悪文を書かないための講座 

          2019.05.17 Friday 15:09
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            学校英語では、英文法(grammar)をみっちり教え込まれるのに、母国語である日本語の文法や作文技術をあまり教わらないのは、学校七不思議の一つです。話し言葉と書き言葉は別物です。日本語を母国語として日常的に使っているから、書き言葉も自然とできるようになるわけではありません。英文法と同様に、書き言葉もルールや技術を教えるべきです。

             

             

            先日、スーパーにドレッシングを買いに行った際に、ポップに書かれた以下のコピーが気になりました。

             

             

            『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせたドレッシングで、まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』

             

             

            伝えたいことはなんとなく分かります。しかしながら、アピールポイントの主軸がどこにあるのか、玉ねぎなのか、黒酢なのか、食感なのか、甘みなのか、酸味なのか、コクなのか、香りなのか、なんでしょう。そもそも、文章がスッと頭に入ってきません。なぜはっきりしない印象のコピーになってしまったのか文章を分解してみます。

             

             

            ■係り受けがはっきりしない

             

            係り受けとは、文節・句ごとの修飾・被修飾関係をいいます。前半部分『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため』に注目してみましょう。まず文節・句に分解します。

             

            玉ねぎ特有の / シャキシャキとした / 食感や / 甘みを / 引き出すため

             

            日本語は動詞を係り受けの終着点として文が構成されます。前半部分では、【引き出す】という動詞が終着点です。【引き出す】に係るのは【食感(を)】と【甘みを】になります。続いて2つの形容表現の係り受けを見てみましょう。【玉ねぎ特有の】は【食感】と【甘み】にそれぞれ係ります。【シャキシャキとした】は【食感】にだけ係るはずです。″シャキシャキとした甘み”はちょっと変ですよね。ところが、この文節順では”シャキシャキとした甘み”と係り受けが起きてしまいます。不要な係り受けを避けるために下記の様に順序を入れ替えます。

             

            玉ねぎ特有の / 甘みや / シャキシャキとした / 食感を / 引き出すため

             

             

            ■一文が長い

             

            伝えたい情報を一文(72文字)にすべて詰め込んでいます。一文が長くなると伝えたい情報が2つ3つ入ってしまい、何を伝えたいのか逆に分かりにくくなります。"一文一意”という原則があり、一文には一つの情報だけを載せると読み手に分かりやすい文章となります。今回のコピーでは、大まかに捉えて2つの情報が一文に入っています。

             

            ゞ未佑と黒酢を合わせた。

            ∋戚とコクと香りが特徴。

             

            一文が長くなる傾向に陥る人は意外と多いのではないでしょうか。「〜で、」・「〜して、」を多用すると文章が長くなり、一文中に情報量が多くなりがちです。そこで、一文を40文字程度にすると一文一意に収まりやすく、読み手に情報が伝わりやすくなります。(40文字より長い文章が悪文というわけではありません。ただし、それには高度な文章力を必要としますから、初心者の方は一文40文字を意識することをお勧めします。)今回のコピーも一文一意の原則に従って二文に分けてみます。

             

            『玉ねぎ特有の甘みやシャキシャキとした食感を引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせました。』

            『まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』

             

             

            ■並列の関係がきちんと表されていない

             

            ,泙蹐笋な酸味 ▲灰 KЫ罎聞瓩蠅蓮△垢戮董敍団Г任后曚紡个垢觴膰譴任△蝓∧体鶸愀犬砲△蠅泙后ところが、〇戚と▲灰は助詞の【と】で結ばれているのに対して、9瓩蠅蓮據◆紛臈澄法曚之襪个譴討い泙后推測するに、3つの語句を助詞の【と】ですべて結ぶとリズムに締まりが無くなると、このコピーの作成者は考えたのではないでしょうか。並列語句の表し方には色々ありますが、今回のコピーでは【・(中点)】を使うといいでしょう。

             

            『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが特徴です。』

             

             

            ■イメージしやすい語彙を使用する

             

            ここまでの修正で文章としては、正しくなりました。次に、伝えたい情報を読み手がイメージできるように、使用する語彙を選定しましょう。日本語には、一つのものを表現するのに複数の単語が存在します。例として、雑草が生い茂っている場所を表現する単語に、茂み・やぶ・草むら・原っぱ等があります。それぞれの単語は、凡そ同じ意味ですが、微妙にニュアンスや連想するイメージが異なります。このドレッシングのウリは、酸味とコクと香りをバランスよく調合できたことですから、【特徴です】は、アピールするにはあっさりしすぎた表現です。以下のようにリライトしてみます。

             

            『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが調和した風味をご賞味ください。』

             

            主観や好みがあるものの、少しは良くなったでしょうか。

             

             

            ■形容詞を多用しすぎている

             

            強調したい気持ちが強すぎると、つい多用してしまうのが形容詞と副詞です。食レポで有名な彦摩呂さんが、これでもかというほどに形容表現を用いるので、一般の人も食べ物に関して形容表現を多用してしまうのかもしれません。しかし、彦摩呂さんの表現は芸の域であり、文章技術とは別物です。形容表現を多用しすぎると、読み手にはしつこい印象を与えてしまいます。真に必要な時にだけ形容表現を用いた方が、効果的に情報を伝えられます。今回のコピーで使用されている形容表現は以下の通りです。

             

             

            シャキシャキとした(食感)  相性の良い(玄麦黒酢)  まろやかな(酸味)  芳醇な(香り)

             

             

            シャキシャキとした⇒玉ねぎの食感が"シャキシャキ”しているのは、共通認識です。あえて強調する必要はありません。

             

            相性の良い⇒“玄麦黒酢”自体に個性があります。"相性の良い”も外してみます。

             

            まろやかな・芳醇な⇒"まろやかな酸味”はイメージできますが、"芳醇な香り”とはどのような香りなのか分かりません。

             

             

            形容表現を整理すると以下のようになります。

             

            『玉ねぎ特有の甘みや食感を引き出すため、玄麦黒酢を合わせました。』

            『まろやかな酸味・コク・香りが調和した風味をご賞味ください。』

             

            元のコピーを生かした形で修正しても、分かりやすくなったのではないでしょうか。文章は読み手に情報を伝えるものです。文章技術を会得すれば、分かりやすい文章を誰でも書けるようになります。もちろん、表現の仕方に正解は一つではありません。もっと上手にコピーを作れる方は名コピーライターを目指して頑張ってください。

             

             

             

             

             

            category:国語力養成講座 | by:理科塾comments(0) | -

            無知な自分を知ることから始まる知性

            2019.05.16 Thursday 13:50
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              こーたろさんという方が投稿した以下のツイッターが話題になっています。

               

              『バスで料金払うときに手帳見せて障害者の料金で払ったんだけど、後ろの老人の一言でかなり落ち込みました。自分は発達障害だから見た目は何もないんです。「最近の若者は見た目丈夫なのに嘘ついて手帳貰ってるのか。」その先は頭真っ白になって聞こ取れなかったけど悲しいですね。』(原文のまま)
               

              こーたろさんは、自閉スペクトラム症とADHDを抱えており、精神障碍者保健福祉手帳3級を取得しているそうです。暴言を吐いた老人は、障碍者手帳を取得する手続きの大変さや障碍者手帳を持つ意味を知らなかったのでしょう。このツイッターのニュースを聞いて私は、古代ギリシャの哲学者プラトンによって書き起こされたソクラテスのある名言を思い浮かべました。

               

              『自身が無知であることに気づいた人間は、自身が無知であることに気づかない人間よりもはるかに賢いのである。』

               

              どんなに博識な人も諸事万端を知り尽くせません。“知らない”は恥ではありません。気をつけなければならないことは、無知に対して鈍感であったり、知った気になったりする態度です。知らない・分からないから疑問を抱き、調べ、考え、想像を巡らせる。無知であることに気づかぬ人は、自らの狭い見識から物事を判断するため、偏見や差別を生みます。思い込み・誤解・独りよがりな主張を正当化して、我こそが正義だと胸を張るのでしょう。

               

              このソクラテスの名言を初めて耳にしたのは、私が10代の頃だったでしょうか。当時は、「相手を言いくるめたい頭でっかちな人の屁理屈」ぐらいにしか理解していませんでした。改めて、ソクラテスの名言に込められた意図を自分なりに解釈すると以下のような感じでしょうか。知を探究する欲求や活動そのものが、知性であり、理性である。探究心の出発点は、自らが無知であることを受け入れる謙虚さにあるのだと。

               

              想像力のない人・意味を考えない人・自分都合で世界を捉える人・相手を敬う気持ちを捨ててしまった人…残念な人にならないために謙虚さを忘れず、探究する心を持ちましょう。

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              会話力向上のコツ−ある八百屋との世間話−

              2019.03.29 Friday 16:57
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                桜の開花情報にメディアがはしゃぐ季節になりました。とはいえ、4月中頃までは、暖気と寒気のせめぎ合いが続きます。“春は寒い”、ということを再認識するたびに思い出すコントがあります。

                 

                「あ゛ぁ〜、もう4月になったというのに冬みたいに寒いなぁ〜。今年は異常気象とちゃうんかしらぁ〜。」「そやなぁ〜、ほんま、どないなっとねん。」と中高年のおばちゃんたちが会話するのを聞いて、ダウンタウンの松ちゃんが「毎年、ゴールデンウィークに入るまでは寒いねん。覚えとれ、ばばぁ〜!」とつっこみを入れる具合です。

                 

                それはさておき、冬至を頂点にバイオリズムが低迷する私にとって、春分は気分が高揚する一つの節目となります。遅まきながら我が身の啓蟄です。

                 

                日も長くなったある日の夕刻、通りすがりで見つけた八百屋さんに立ち寄ってみました。鮮度も大きさも良く、お買い得価格な野菜が並んでいます。買い物をしながらレジに目を向けると、愛想のいい店主が袋に野菜を詰めながら、野菜の仕入れ情報をお客に教えています。息子がピーマンの袋を手に取り、4個入りか5個入りかで悩んでいたところ、店主が「重さで詰めてあるからどちらも一緒だよ。」と威勢よく話しかけてきました。いくつかの野菜と果物を選びレジで精算してもらっている時、店内の壁にかかる1枚の写真に目がとまりました。いかにもプロレスラーな男と店主が一緒に写っています。写真の横には新日本プロレス○○△△(名前忘れた)と書かれたサイン色紙が掛かっています。すると、店主がすかさず私の目線に気づき、「プロレス好きですか?」と話しかけてきました。

                 

                 

                私「えっ、あ、いえ、そうでもないんですけど。子どもの頃、流行りましたよね。」…(知りもしないのに、余計なこと言っちゃったかな。)

                 

                店主「このレスラーは○○△△で、俺の友達なんだよね。○○△△知ってる?」…(全然。プロレスラーって雰囲気はムンムンしてますよ。)

                 

                息子「ぼくは、野球が好き。」…(子どもの発言は唐突で空気読まねえな。)

                 

                店主「ライオンズの選手も昔はこの地域に住んでいたんだけどね。」…(お、野球ネタにシフトできるぞ。)

                 

                私「一軍に昇格して稼ぐと、みんな都内に家を買っちゃうんですよね。」…(よしよし、話題のフィールドをこちらへ。)

                 

                店主「そうなんだよね。そうそう、店の前の供用通路を使ってプロレスイベントをやろうってレスラーの友達と話しているんだよね。」…(おぉ〜、話題がブーメランしてきた。)

                 

                私「へぇ〜、いいですね。今の子どもたちはプロレスに触れる機会がないですもんね。僕らが子どもの頃はテレビのゴールデンタイムで中継されてましたからね。」…(あぁ〜、話題に乗っかっちゃった。大丈夫か俺。)

                 

                店主「お客さん、何歳?」

                 

                私「4じゅう5です。」…(嫌な予感。)

                 

                店主「その時代だと、藤波?」…(おっとー、分かんねぇ。)

                 

                私「あー、ちょっと下かな?」…(なんだ下って、テキトー。見破られるのも時間の問題だな。)

                 

                店主「長州? ■◇@*? %$×●△?」

                 

                私「あぁ〜、えぇ〜、ううん〜、今もテレビ中継があれば、子どもたちがプロレスを身近に感じられるのにね〜。」…(苦しい逃避行。)

                 

                店主「ああ、でも俺たちの頃は、ほら、金八(先生)が同じ時間帯にかぶってたから、視聴者を二分しちゃってたでしょ。」…(キタ――(゚∀゚)――!!)

                 

                私「はいはい、金曜…」…(金八先生派だったもん。)

                 

                店主「8時ね。あの頃は録画機なんて普及してなかったもんね。チャンネル争いしたでしょ。」…(よしよし、話題をこちらへ。)

                 

                私「チャンネルガチャガチャ(ジェスチャー)でしたもんねー(笑)。じゃ、どうも―。」…(幕引きどころだな。)

                 

                店主「まいど、またご贔屓に。」

                 

                 

                気持ちのいい八百屋です。また、野菜と果物を買いに行きます。

                 

                 

                店主と客のたわいもない世間話ですが、大型チェーン店やロードサイド店に淘汰された昨今は、こうした会話に遭遇することが少なくなりました。たわいもない会話にもコツがあります。会話の間と空気を読んで引き出しを用いると会話が膨らみ、場が和みます。話の引き出しを増やすために、常日頃から好奇心の眼を持ってアンテナを張りましょう。(そういう私もまだまだです。)話しかけるには観察眼と勇気がいります。一方、話しかけられるには相手が話しかけやすくなる“扉”を開けておく必要があります。目線や表情を意識して行動すると自分の持つ雰囲気がオープンなものとなります。風邪でも花粉症でもないのにでっかいマスクをしている人は世界から孤立しますよ。(あ、話かけられたくないからマスクしてるのか、余計なお世話ですね。)

                 

                 

                 

                 

                 

                情報のカプセル化に抗いたい

                2019.03.19 Tuesday 13:45
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                  “家電運”というものがあるのならば、私は良運の持ち主ではないようです。特に酷いのが掃除機(クリーナー)運です。この10年間に4台の掃除機たちを看取ってきました。中には入院手術を試みたものもあります。付き合ってきた掃除機たちの形式も、オーソドックスな紙パック式×2⇒ハイパワーなセミサイクロン式⇒超軽量のサイクロン式と多種多様です。決して手荒な扱いをしているつもりはありません。ダストはこまめに除去しますし、フィルターとブラシのメンテナンスも欠かさずに行い、大切にしてきたつもりです。現在お付き合いしている5台目くんは、超軽量多機能紙パック式です。先日、この5代目くんの“ウリ”の一つであるヘッドノズルLEDライトが点灯しなくなりました。掃除機としての使用に問題はないのですが、販売店の保証期間内でもあったので販売店に修理を依頼しました。

                   

                  1週間後、無事に修理が終了したとの連絡が入り、販売店に引き取りに行きました。問題のあったLEDライドはヘッドノズル丸ごと新品に交換されていました。販売店の店員から「修理の詳細はこちらの明細に記載されております。」と袋に入った修理明細書を掃除機と共に手渡されて終了です。自宅に戻ってから修理明細書を見て驚きました。不良個所はLEDライトだけではなかったのです。掃除機の心臓ともいえるモーター周りにも不具合が見つかり、モーター関連の部品がいくつか交換されていました。

                   

                  修理明細書には以下のように記述がありました。

                  『この度は…(中略)…ヘッドランプが点かない為、床用ノズルを交換させて頂きました。モーター電流特性不具合の為、モーターサポートゴムマエ、モーターサポーターAU、モーターファンUを交換させていただきました。動作テスト良好です。』

                  えっ、これだけ?

                   

                  職業柄なのか、私の疑問と関心は、幾月も使用していない掃除機のLEDライトが壊れた原因にありました。「LEDライトはなぜ点灯しなくなったのか?」「モーター電流特性不具合とは何なのか?」過電流でも発生してLEDライトがボムしたのでしょうか?そもそも使用開始から日が経っていない掃除機なのにどうして不具合が起きてしまったのか?不具合の考えられる原因と詳細説明が修理明細書に記載されているものと期待しておりました。原因が誤った使用方法にあるならば、反省して掃除機の扱い方を改めます。突発的な過電流が原因であるならば、我が家の配電に問題があるのかもしれません。(我が家の築年は古いから気になる。)『ヘッドランプが点かない為、ノズル交換』って、そのまんまじゃないか。担当者はノズルを分解して原因を究明したのでしょうか。製品開発に役立てる実証データとして検証したと信じていますが、できればその結果を知らせていただきたかった。

                   

                  世間の大半は、無料でノズルが新品になったのだから、修理明細書に原因と詳細が記載されていなくても納得するのかもしれません。きっと私は面倒臭いことを言う消費者なのでしょう。(今回の件でクレームなんてつけていませんよ。心の声です。)

                   

                  現在の世の中では、物事に対する「なぜ?」が意外と蔑ろにされているのではないでしょうか。物事を表層的に捉えて納得させられる、または、分かった気になる場面は多く見られます。企業が消費者に事細かく説明をしたところで、“理屈っぽい”とか、“話が長い”とか、消費者は面倒臭がって見向きもしないかもしれません。あるいは、企業側の都合で説明があえて控えられているのかもしれません。企業秘密的な都合は兎にも角にも、消費者は「なぜだろう?」を普段から気にする癖を身につけたいものです。人の脳の活動は楽な方へ傾きがちです。考えることをさぼり続けると鋭い気づきを失ってしまいます。そして自分の気づかぬ内に、操作された情報に流されているものです。

                   

                  なーんも考えないとこんなことに…!?

                   

                   

                   

                   

                  category:情報との向き合い方 | by:理科塾comments(0) | -

                  気づける人になるために−AI時代に生き抜く力−

                  2019.03.04 Monday 14:38
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                    近頃のスーパーでは、セルフ化・半セルフ化されたレジが見られるようになりました。私がたまに行くスーパーには、半セルフ化されたレジが並ぶ中、一台だけお釣り渡しまで店員さんが行う従来式のレジがあります。時代に逆行するひねくれ者の私は従来式のレジに並びます。というのも、このレジを担当している店員さんの接客応対がすこぶる気持ちいいからです。

                     

                    常連と思しきおばあちゃんに何やら話しかけられると、「そうですね、おばあちゃん…今日は○○ですか?」なんて具合に自然な感じで言葉を返し、お父さんに抱っこされた幼児に見つめられると「バイバイ〜♪」とこれまた自然な笑みで見送ります。はきはきした声とにこやかな表情に「演劇志望の方なのかな」と私は勝手な想像すらしています。この店員さんの凄いところは“良く気づく”点です。重いものがあれば丈夫な袋を出してくれます。お客の両手がふさがっていれば買い物かごを荷物台まで素早く運んでくれます。支払い時に端数を合わせようと財布の中の小銭を探していると、そうしたお客の仕草を察知してお代を受け取る手のひらを出さずに待ってくれます。レジが空いていればレジへ向かいそうなお客に遠くからでも「こちらのレジへどうぞ」とサッと誘導してくれます。いずれも接客マニュアルに書いてあることかもしれませんが、自然な流れとここぞというタイミングにマニュアルを超えた技能と気持ちが感じられます。半セルフ化レジ担当の店員さんがバイト感溢れる接客対応であるのと比べても、この店員さんの素晴らしさが際立って見えます。

                     

                    この店員さんに備わっているもの、それは、お客ひとりひとりに対する観察眼と想像力なのでしょうか(上から目線で失礼!)。レジという定点から見える景色に潜む情報を読み取り行動に繋げていく。お客の行動と心理を読み、さらにはお客がスーパーに来て帰るまでのストーリーを想像する。“気づく”とは観察して考えることから生まれます。気づける人は、仕事を楽しく行い、自ら仕事を創り出せる人になれるでしょう。

                     

                     

                    ■AIが人から仕事を奪う日はやってくるのか

                     

                    現在10代の子どもたちが社会の第一線で活躍する頃には、AIが既存の仕事の多くを人から奪うと囁かれています。明確な根拠なくメディアが煽る話を真に受けて怖がる必要はありません。そもそも思考と感情を持ち併せたアンドロイドのような“AI”は未だ存在しません。メディアが使用する“AI”という言葉は、正確に言うと情報検索・文字認識・音声認識・自然言語処理・画像認識等を行う“AI技術”を指しています。しかしながら、AI技術が日進月歩で進化していることは事実ですから、AIが人に代わって仕事を行ったり、社会の枠組みを変革したりすることは避けられないでしょう。

                     

                     

                    ■AIができること−AIが学習する仕組み−

                     

                    AIが人より優れている面は、規則的な関係性を学習認識し、データに忠実かつ大量に情報を処理することが可能な点です。AIとは、計算で表現できるものであれば学習して処理することができる、いわば演算技術です。物流倉庫のオートメーション化・自動運転技術を伴ったタクシーの効率的配車・画像認識カメラと電子マネー決裁による無人店舗・ビッグデータを分析したマーケティング・保険や金融商品の需要予測と運用分析・病巣を発見する画像診断など、物流・運輸・流通・金融・医療などの業界でAIとの親和性が高く、AIが果たす役割は増大しそうです。

                     

                    AIに一つの処理作業を行わせるためには、膨大な教育データを作成して、これを一つずつ学習させなければなりません。これは“機械学習”と呼ばれています。AIを学習させる教育データは、何百万とか何億とか数が多ければ多いほど、AIの精度を上げられますが、教育データを設計作成するのは人間ですから大変な手間と費用がかかることになります。現在のAIブームに火をつけた“ディープラーニング”とは、教育データからAIがパターンを認識し、自律的に学習できる深層学習という技術です。ディープラーニングによりAIは加速度的に進化を遂げられるようになりました。それでもAIができることは、規則性があり計算で表現が可能な事象に限られます。

                     

                     

                    ■いまだAIが到達できないこと

                     

                    AIに不可能な点は、“常識”や“心理”など人が感覚的に持っている非論理的事象を理解することです。

                     

                    先日とあるテレビ番組で、画像認識技術を利用して野良猫を撃退するAIロボット「ニャンニャウェイ」が紹介されていました。このロボットには、1万枚もの猫の画像を機械学習させてあります。近づく物体を猫か否か識別して、猫と判断すれば水をかけて撃退するそうです。番組では「ニャンニャウェイ」をだませるのかというテーマの下に検証実験を行いました。まず登場したのは、犬の写真です。見事に放水されず「ニャンニャウェイ」の勝利に終わりました。続いて、猫に変装した人間に反応するのかというお題で登場したのは、全身豹のコスプレに身を包んだ岩井志麻子先生です。豹が憑依したかのような動きを志麻子先生が見せると、「ニャンニャウェイ」もたまらず放水してしまいました。志麻子先生は、「私の女優生命がかかっている…」的なことをおっしゃっておりました。先生、さすがです。

                     

                    AIの機械学習とは、限られた条件の下、統計的に事象を記憶し認識する作業です。統計的な認識ですので、「ニャンニャウェイ」は、教育画像から得た情報とカメラに映った物体が一致するか否かの作業を繰り返しているにすぎません。野良猫とは何か、目の前で不可解な動きをする女性は何を企んでいるのか、という常識や意味を「ニャンニャウェイ」が考えているわけではないのです。志麻子先生のコスプレと動きがどんなに猫らしくとも、私たちにはそれが人間(志麻子先生)であることは一目瞭然です。それは、私たちが常識や意味を理解して判断できるからです。「ニャンニャウェイ」は、今回の敗戦を受けて精度を上げてくるでしょう。しかし、AIが常識を覚え、意味を理解して行動することはありません。少なくとも私たちと子どもたちが生きている時代には。

                     

                     

                    ■人間が本来持ち合わせている能力を研ぎ澄ませ

                     

                    人は複雑な処理を一瞬にして判断できる生き物です。状況判断をして臨機応変な対応ができる、気づきと創造ができるという点では人間に分があります。物事を暗記して指示された通りに行動するだけならば、AIに任せた方が成果を期待できるでしょう。

                     

                    「気づく力」を養うには、普段から観察する眼と「なぜ」を考える癖を身につけることが役立ちます。視点と角度を変えて物事を眺めてみると新しい景色が広がるかもしれません。勉強や運動や趣味活動の中に、あるいは何気ない生活の中にも題材は転がっています。勉強に関して言えば、一問一答的な暗記やパターンを学習するスタイルではなく、疑問を起こし自らに問うスタイルで取り組むと「気づく力」が養われます。(知識を蓄積しなくていい訳ではありません。考える基礎力として知識は必要です。)意味を考えて行動する。私たちが忘れてはいけない、そして研ぎ澄まさなければならないことです。

                     

                     

                     

                    category:知性を考える独り言 | by:理科塾comments(0) | -

                    テストから養う「分析眼」

                    2019.02.05 Tuesday 18:00
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                      2月に突入し、早いもので2019年も12分の1が過ぎ去りました。2月と言えば、「テスト」です。私は塾屋ですから、受験シーズン到来です!と受験の話題に触れるべきですが、私がもう一つ思い浮かべる2月のテストと言えば、F1の開幕前テストです。なんのことやら、まったくマニアックな話で恐縮です。

                       

                       

                      ■F1のテスト−最先端の技術競争の現場−で繰り広げられるトライ&エラー

                       

                      地上波で放送されなくなって久しいF1レース(フォーミュラワンレース)です。3月の開幕に向けて各チームが技術を結集した新車を発表し、テストに奔走する時期が2月です。航空力学や流体力学を駆使した車体や究極のハイブリッドエンジンでもあるPU(パワーユニット)など、世界の名だたるメーカーや一流の技術者がその頭脳をフル回転させて開発に注力します。日本に絡むところでは、ホンダがPU(パワーユニット)を製作して、今年からトップチームの一つ、レッドブルF1チームともタッグを組みます。

                       

                      メディアはテストが行われるバルセロナへ押しかけ、最速タイムと周回数の多少に一喜一憂してチーム力の予想合戦に興じます。しかし、チームがテストで重視していることは、様々なセッティングを試しながら細かな問題点をどれだけ洗い出せるのかという点です。逆に言えば、何もトラブルが現れないと車を理解することができず、開幕戦に不安を残すことになります。

                       

                      F1復帰5年目を迎えるホンダは開発に苦戦し、これまでのシーズンで惨憺たる結果しか残せていません。それというのも、現代のF1エンジンは、ガソリンを燃焼する内燃機関(いわゆるエンジン)に加えて、ターボと2つの回生エネルギー機関によって構成されており、複雑なハイブリッドとなっているからです。2つの回生エネルギー機関とは、、燃焼で生じた排気熱を電気エネルギーに回生するMGU-H、ブレーキング時に放出される運動エネルギーを電気エネルギーに回生するMGU-K(市販車ではプリウスなどに搭載されている技術)です。こうした仕組みから近年はエンジンという呼び名ではなく、PU(パワーユニット)という名称が使われています。

                       

                      PU(パワーユニット)は、実車に載せる前にダイナモと呼ばれる施設で開発が行われます。ダイナモとは、研究所内でPU(パワーユニット)を単体の状態で稼働させる施設のことで、コンピュータのプログラムに沿って数値の計測が行われます。(イメージとしては、人工脳みそがガラス部屋の中に置かれ、コンピュータに接続されており、モニターに脳の稼働状態が表示されているといった感じでしょうか。)ダイナモでは、F1が開催されるサーキットの情報を入力することで実際に走行するときに近い状態を再現することが可能です。実際のコースをシュミレーションしながらパワー・トルク特性・エネルギーバランス・耐久性などの性能を評価します。ホンダは栃木県さくら市に最新鋭を誇る研究開発施設を所有しており、ここで日々F1パワーユニットの開発が進められています。

                       

                      研究所のダイナモ上で問題のなかったPU(パワーユニット)であっても、サーキットの走行テストの段階においてダイナモ上には現れなかったトラブルに見舞われることがあります。急加減速やハイスピードコーナーで発生する高いGフォース(慣性や遠心力)、路面の凹凸から伝わる振動や熱、PU(パワーユニット)以外の装置との干渉など、ダイナモでは再現できない環境や条件がPU(パワーユニット)に影響するからです。

                       

                      現場で発生したトラブルデータとPU(パワーユニット)を再び研究所に持ち帰り、分析して、原因を究明する。対策を施して開発の方向性を再検討する。こうした地道なトライ&エラーが最先端の技術の現場で繰り広げられています。

                       

                       

                      ■テストと向き合って得られるもの

                       

                      いささか話の飛躍と思われるかもしれませんが、「テスト」という観点でF1の世界から勉学の世界へ目を向けてみます。両者のテストのスケールやレベルに違いがあるものの、テストの役割においては同じことが言えるのではないでしょうか。

                       

                      受験がこれまでの積み重ねを発揮する勝負の場であるとすると、日頃の模擬試験や小テストは、自己の不得意箇所や癖を洗い出し、対策と今後の勉強の方向性を検討するために活用されるべきものです。ところが、こうしたテストの活用をしている人は少ないように思います。テストの答案が返されると目がいくのは点数だけという人はいませんか。点数が良かったと安心して、悪かったと落ち込んで、答案用紙をポイしちゃってませんか。偉そうなことを言っている私も学生時代はその類の一人でした。テストの点数はこれまでの頑張りのバロメーターでもあり、良い点数は励みにもなりますから、点数に一喜一憂する気持ちはよく分かります。

                       

                      「点数の一喜一憂に終わらず、テストをちゃんと見直しています」と思った人もいるでしょう。では、“見直し”とは何を指すのでしょうか。

                       

                      テストの答案が返却されると、先生が黒板に解答や解法を書き、クラス全員がそれをだらだら書き写す風景がよく見られます。ここで行われているのは個々の問いに対する解き方をなぞる作業です。解答と解法を知り、分かった気になるかもしれませんが、そこに何の意味もありません。その問いの本質的な意味を理解していなければ、問い方を少し変えられると丸写しした解法は役に立たないからです。

                       

                      テストで重要なのは前述したようにまずは不得意箇所と解き方の癖を発見することです。間違えた箇所については、“なぜ”間違えたのか、原因を究明しなければなりません。「必要な知識の漏れや不足がなかったか」、「理解の思い違いがなかったか」、「問題文の読み込みが足りなかったか」、「共通した傾向はなかったか」など。逆に正解だった箇所に対しても、「完璧な理解の上で解けたのか」、「迷いやあやふやな点がなかったか」、「解答に辿り着くまでの道筋は正しかったか」などを究明する必要があります。「なぜ」・「どうして」の思考を繰り返し、情報を整理する。いわば、“分析する眼”が、テストの見直しに必要とされます。

                       

                      そもそも答案の内容はひとりひとり異なっていますから、クラス全員で行うことはナンセンスです。ひとりで答案と向き合わなければなりません。そうは言っても、「どのように分析すれば良いのか」、「今後の勉強の方向性をどのように計画すればよいのか」を知るには、全体を把握する客観性と経験が要求されます。そこで頼りにしたいのがプロの塾講師です。(塾の押し売りをしている訳ではありません。)プロの塾講師のアドバイスを借りながらも、まずは返却されたテストの解答と向き合ってみませんか。そうすることで“分析する眼”が養われ、それが学力向上への近道となりますから。

                       

                       

                       

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