それ、悪文かも。話せても書けない「書き言葉」−悪文を書かないための講座 

2019.05.17 Friday 15:09
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    学校英語では、英文法(grammar)をみっちり教え込まれるのに、母国語である日本語の文法や作文技術をあまり教わらないのは、学校七不思議の一つです。話し言葉と書き言葉は別物です。日本語を母国語として日常的に使っているから、書き言葉も自然とできるようになるわけではありません。英文法と同様に、書き言葉もルールや技術を教えるべきです。

     

     

    先日、スーパーにドレッシングを買いに行った際に、ポップに書かれた以下のコピーが気になりました。

     

     

    『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせたドレッシングで、まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』

     

     

    伝えたいことはなんとなく分かります。しかしながら、アピールポイントの主軸がどこにあるのか、玉ねぎなのか、黒酢なのか、食感なのか、甘みなのか、酸味なのか、コクなのか、香りなのか、なんでしょう。そもそも、文章がスッと頭に入ってきません。なぜはっきりしない印象のコピーになってしまったのか文章を分解してみます。

     

     

    ■係り受けがはっきりしない

     

    係り受けとは、文節・句ごとの修飾・被修飾関係をいいます。前半部分『玉ねぎ特有のシャキシャキとした食感や甘みを引き出すため』に注目してみましょう。まず文節・句に分解します。

     

    玉ねぎ特有の / シャキシャキとした / 食感や / 甘みを / 引き出すため

     

    日本語は動詞を係り受けの終着点として文が構成されます。前半部分では、【引き出す】という動詞が終着点です。【引き出す】に係るのは【食感(を)】と【甘みを】になります。続いて2つの形容表現の係り受けを見てみましょう。【玉ねぎ特有の】は【食感】と【甘み】にそれぞれ係ります。【シャキシャキとした】は【食感】にだけ係るはずです。″シャキシャキとした甘み”はちょっと変ですよね。ところが、この文節順では”シャキシャキとした甘み”と係り受けが起きてしまいます。不要な係り受けを避けるために下記の様に順序を入れ替えます。

     

    玉ねぎ特有の / 甘みや / シャキシャキとした / 食感を / 引き出すため

     

     

    ■一文が長い

     

    伝えたい情報を一文(72文字)にすべて詰め込んでいます。一文が長くなると伝えたい情報が2つ3つ入ってしまい、何を伝えたいのか逆に分かりにくくなります。"一文一意”という原則があり、一文には一つの情報だけを載せると読み手に分かりやすい文章となります。今回のコピーでは、大まかに捉えて2つの情報が一文に入っています。

     

    ゞ未佑と黒酢を合わせた。

    ∋戚とコクと香りが特徴。

     

    一文が長くなる傾向に陥る人は意外と多いのではないでしょうか。「〜で、」・「〜して、」を多用すると文章が長くなり、一文中に情報量が多くなりがちです。そこで、一文を40文字程度にすると一文一意に収まりやすく、読み手に情報が伝わりやすくなります。(40文字より長い文章が悪文というわけではありません。ただし、それには高度な文章力を必要としますから、初心者の方は一文40文字を意識することをお勧めします。)今回のコピーも一文一意の原則に従って二文に分けてみます。

     

    『玉ねぎ特有の甘みやシャキシャキとした食感を引き出すため、相性の良い玄麦黒酢を合わせました。』

    『まろやかな酸味とコク、芳醇な香りが特徴です。』

     

     

    ■並列の関係がきちんと表されていない

     

    ,泙蹐笋な酸味 ▲灰 KЫ罎聞瓩蠅蓮△垢戮董敍団Г任后曚紡个垢觴膰譴任△蝓∧体鶸愀犬砲△蠅泙后ところが、〇戚と▲灰は助詞の【と】で結ばれているのに対して、9瓩蠅蓮據◆紛臈澄法曚之襪个譴討い泙后推測するに、3つの語句を助詞の【と】ですべて結ぶとリズムに締まりが無くなると、このコピーの作成者は考えたのではないでしょうか。並列語句の表し方には色々ありますが、今回のコピーでは【・(中点)】を使うといいでしょう。

     

    『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが特徴です。』

     

     

    ■イメージしやすい語彙を使用する

     

    ここまでの修正で文章としては、正しくなりました。次に、伝えたい情報を読み手がイメージできるように、使用する語彙を選定しましょう。日本語には、一つのものを表現するのに複数の単語が存在します。例として、雑草が生い茂っている場所を表現する単語に、茂み・やぶ・草むら・原っぱ等があります。それぞれの単語は、凡そ同じ意味ですが、微妙にニュアンスや連想するイメージが異なります。このドレッシングのウリは、酸味とコクと香りをバランスよく調合できたことですから、【特徴です】は、アピールするにはあっさりしすぎた表現です。以下のようにリライトしてみます。

     

    『まろやかな酸味・コク・芳醇な香りが調和した風味をご賞味ください。』

     

    主観や好みがあるものの、少しは良くなったでしょうか。

     

     

    ■形容詞を多用しすぎている

     

    強調したい気持ちが強すぎると、つい多用してしまうのが形容詞と副詞です。食レポで有名な彦摩呂さんが、これでもかというほどに形容表現を用いるので、一般の人も食べ物に関して形容表現を多用してしまうのかもしれません。しかし、彦摩呂さんの表現は芸の域であり、文章技術とは別物です。形容表現を多用しすぎると、読み手にはしつこい印象を与えてしまいます。真に必要な時にだけ形容表現を用いた方が、効果的に情報を伝えられます。今回のコピーで使用されている形容表現は以下の通りです。

     

     

    シャキシャキとした(食感)  相性の良い(玄麦黒酢)  まろやかな(酸味)  芳醇な(香り)

     

     

    シャキシャキとした⇒玉ねぎの食感が"シャキシャキ”しているのは、共通認識です。あえて強調する必要はありません。

     

    相性の良い⇒“玄麦黒酢”自体に個性があります。"相性の良い”も外してみます。

     

    まろやかな・芳醇な⇒"まろやかな酸味”はイメージできますが、"芳醇な香り”とはどのような香りなのか分かりません。

     

     

    形容表現を整理すると以下のようになります。

     

    『玉ねぎ特有の甘みや食感を引き出すため、玄麦黒酢を合わせました。』

    『まろやかな酸味・コク・香りが調和した風味をご賞味ください。』

     

    元のコピーを生かした形で修正しても、分かりやすくなったのではないでしょうか。文章は読み手に情報を伝えるものです。文章技術を会得すれば、分かりやすい文章を誰でも書けるようになります。もちろん、表現の仕方に正解は一つではありません。もっと上手にコピーを作れる方は名コピーライターを目指して頑張ってください。

     

     

     

     

     

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    無知な自分を知ることから始まる知性

    2019.05.16 Thursday 13:50
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      こーたろさんという方が投稿した以下のツイッターが話題になっています。

       

      『バスで料金払うときに手帳見せて障害者の料金で払ったんだけど、後ろの老人の一言でかなり落ち込みました。自分は発達障害だから見た目は何もないんです。「最近の若者は見た目丈夫なのに嘘ついて手帳貰ってるのか。」その先は頭真っ白になって聞こ取れなかったけど悲しいですね。』(原文のまま)
       

      こーたろさんは、自閉スペクトラム症とADHDを抱えており、精神障碍者保健福祉手帳3級を取得しているそうです。暴言を吐いた老人は、障碍者手帳を取得する手続きの大変さや障碍者手帳を持つ意味を知らなかったのでしょう。このツイッターのニュースを聞いて私は、古代ギリシャの哲学者プラトンによって書き起こされたソクラテスのある名言を思い浮かべました。

       

      『自身が無知であることに気づいた人間は、自身が無知であることに気づかない人間よりもはるかに賢いのである。』

       

      どんなに博識な人も諸事万端を知り尽くせません。“知らない”は恥ではありません。気をつけなければならないことは、無知に対して鈍感であったり、知った気になったりする態度です。知らない・分からないから疑問を抱き、調べ、考え、想像を巡らせる。無知であることに気づかぬ人は、自らの狭い見識から物事を判断するため、偏見や差別を生みます。思い込み・誤解・独りよがりな主張を正当化して、我こそが正義だと胸を張るのでしょう。

       

      このソクラテスの名言を初めて耳にしたのは、私が10代の頃だったでしょうか。当時は、「相手を言いくるめたい頭でっかちな人の屁理屈」ぐらいにしか理解していませんでした。改めて、ソクラテスの名言に込められた意図を自分なりに解釈すると以下のような感じでしょうか。知を探究する欲求や活動そのものが、知性であり、理性である。探究心の出発点は、自らが無知であることを受け入れる謙虚さにあるのだと。

       

      想像力のない人・意味を考えない人・自分都合で世界を捉える人・相手を敬う気持ちを捨ててしまった人…残念な人にならないために謙虚さを忘れず、探究する心を持ちましょう。

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      会話力向上のコツ−ある八百屋との世間話−

      2019.03.29 Friday 16:57
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        桜の開花情報にメディアがはしゃぐ季節になりました。とはいえ、4月中頃までは、暖気と寒気のせめぎ合いが続きます。“春は寒い”、ということを再認識するたびに思い出すコントがあります。

         

        「あ゛ぁ〜、もう4月になったというのに冬みたいに寒いなぁ〜。今年は異常気象とちゃうんかしらぁ〜。」「そやなぁ〜、ほんま、どないなっとねん。」と中高年のおばちゃんたちが会話するのを聞いて、ダウンタウンの松ちゃんが「毎年、ゴールデンウィークに入るまでは寒いねん。覚えとれ、ばばぁ〜!」とつっこみを入れる具合です。

         

        それはさておき、冬至を頂点にバイオリズムが低迷する私にとって、春分は気分が高揚する一つの節目となります。遅まきながら我が身の啓蟄です。

         

        日も長くなったある日の夕刻、通りすがりで見つけた八百屋さんに立ち寄ってみました。鮮度も大きさも良く、お買い得価格な野菜が並んでいます。買い物をしながらレジに目を向けると、愛想のいい店主が袋に野菜を詰めながら、野菜の仕入れ情報をお客に教えています。息子がピーマンの袋を手に取り、4個入りか5個入りかで悩んでいたところ、店主が「重さで詰めてあるからどちらも一緒だよ。」と威勢よく話しかけてきました。いくつかの野菜と果物を選びレジで精算してもらっている時、店内の壁にかかる1枚の写真に目がとまりました。いかにもプロレスラーな男と店主が一緒に写っています。写真の横には新日本プロレス○○△△(名前忘れた)と書かれたサイン色紙が掛かっています。すると、店主がすかさず私の目線に気づき、「プロレス好きですか?」と話しかけてきました。

         

         

        私「えっ、あ、いえ、そうでもないんですけど。子どもの頃、流行りましたよね。」…(知りもしないのに、余計なこと言っちゃったかな。)

         

        店主「このレスラーは○○△△で、俺の友達なんだよね。○○△△知ってる?」…(全然。プロレスラーって雰囲気はムンムンしてますよ。)

         

        息子「ぼくは、野球が好き。」…(子どもの発言は唐突で空気読まねえな。)

         

        店主「ライオンズの選手も昔はこの地域に住んでいたんだけどね。」…(お、野球ネタにシフトできるぞ。)

         

        私「一軍に昇格して稼ぐと、みんな都内に家を買っちゃうんですよね。」…(よしよし、話題のフィールドをこちらへ。)

         

        店主「そうなんだよね。そうそう、店の前の供用通路を使ってプロレスイベントをやろうってレスラーの友達と話しているんだよね。」…(おぉ〜、話題がブーメランしてきた。)

         

        私「へぇ〜、いいですね。今の子どもたちはプロレスに触れる機会がないですもんね。僕らが子どもの頃はテレビのゴールデンタイムで中継されてましたからね。」…(あぁ〜、話題に乗っかっちゃった。大丈夫か俺。)

         

        店主「お客さん、何歳?」

         

        私「4じゅう5です。」…(嫌な予感。)

         

        店主「その時代だと、藤波?」…(おっとー、分かんねぇ。)

         

        私「あー、ちょっと下かな?」…(なんだ下って、テキトー。見破られるのも時間の問題だな。)

         

        店主「長州? ■◇@*? %$×●△?」

         

        私「あぁ〜、えぇ〜、ううん〜、今もテレビ中継があれば、子どもたちがプロレスを身近に感じられるのにね〜。」…(苦しい逃避行。)

         

        店主「ああ、でも俺たちの頃は、ほら、金八(先生)が同じ時間帯にかぶってたから、視聴者を二分しちゃってたでしょ。」…(キタ――(゚∀゚)――!!)

         

        私「はいはい、金曜…」…(金八先生派だったもん。)

         

        店主「8時ね。あの頃は録画機なんて普及してなかったもんね。チャンネル争いしたでしょ。」…(よしよし、話題をこちらへ。)

         

        私「チャンネルガチャガチャ(ジェスチャー)でしたもんねー(笑)。じゃ、どうも―。」…(幕引きどころだな。)

         

        店主「まいど、またご贔屓に。」

         

         

        気持ちのいい八百屋です。また、野菜と果物を買いに行きます。

         

         

        店主と客のたわいもない世間話ですが、大型チェーン店やロードサイド店に淘汰された昨今は、こうした会話に遭遇することが少なくなりました。たわいもない会話にもコツがあります。会話の間と空気を読んで引き出しを用いると会話が膨らみ、場が和みます。話の引き出しを増やすために、常日頃から好奇心の眼を持ってアンテナを張りましょう。(そういう私もまだまだです。)話しかけるには観察眼と勇気がいります。一方、話しかけられるには相手が話しかけやすくなる“扉”を開けておく必要があります。目線や表情を意識して行動すると自分の持つ雰囲気がオープンなものとなります。風邪でも花粉症でもないのにでっかいマスクをしている人は世界から孤立しますよ。(あ、話かけられたくないからマスクしてるのか、余計なお世話ですね。)

         

         

         

         

         

        情報のカプセル化に抗いたい

        2019.03.19 Tuesday 13:45
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          “家電運”というものがあるのならば、私は良運の持ち主ではないようです。特に酷いのが掃除機(クリーナー)運です。この10年間に4台の掃除機たちを看取ってきました。中には入院手術を試みたものもあります。付き合ってきた掃除機たちの形式も、オーソドックスな紙パック式×2⇒ハイパワーなセミサイクロン式⇒超軽量のサイクロン式と多種多様です。決して手荒な扱いをしているつもりはありません。ダストはこまめに除去しますし、フィルターとブラシのメンテナンスも欠かさずに行い、大切にしてきたつもりです。現在お付き合いしている5台目くんは、超軽量多機能紙パック式です。先日、この5代目くんの“ウリ”の一つであるヘッドノズルLEDライトが点灯しなくなりました。掃除機としての使用に問題はないのですが、販売店の保証期間内でもあったので販売店に修理を依頼しました。

           

          1週間後、無事に修理が終了したとの連絡が入り、販売店に引き取りに行きました。問題のあったLEDライドはヘッドノズル丸ごと新品に交換されていました。販売店の店員から「修理の詳細はこちらの明細に記載されております。」と袋に入った修理明細書を掃除機と共に手渡されて終了です。自宅に戻ってから修理明細書を見て驚きました。不良個所はLEDライトだけではなかったのです。掃除機の心臓ともいえるモーター周りにも不具合が見つかり、モーター関連の部品がいくつか交換されていました。

           

          修理明細書には以下のように記述がありました。

          『この度は…(中略)…ヘッドランプが点かない為、床用ノズルを交換させて頂きました。モーター電流特性不具合の為、モーターサポートゴムマエ、モーターサポーターAU、モーターファンUを交換させていただきました。動作テスト良好です。』

          えっ、これだけ?

           

          職業柄なのか、私の疑問と関心は、幾月も使用していない掃除機のLEDライトが壊れた原因にありました。「LEDライトはなぜ点灯しなくなったのか?」「モーター電流特性不具合とは何なのか?」過電流でも発生してLEDライトがボムしたのでしょうか?そもそも使用開始から日が経っていない掃除機なのにどうして不具合が起きてしまったのか?不具合の考えられる原因と詳細説明が修理明細書に記載されているものと期待しておりました。原因が誤った使用方法にあるならば、反省して掃除機の扱い方を改めます。突発的な過電流が原因であるならば、我が家の配電に問題があるのかもしれません。(我が家の築年は古いから気になる。)『ヘッドランプが点かない為、ノズル交換』って、そのまんまじゃないか。担当者はノズルを分解して原因を究明したのでしょうか。製品開発に役立てる実証データとして検証したと信じていますが、できればその結果を知らせていただきたかった。

           

          世間の大半は、無料でノズルが新品になったのだから、修理明細書に原因と詳細が記載されていなくても納得するのかもしれません。きっと私は面倒臭いことを言う消費者なのでしょう。(今回の件でクレームなんてつけていませんよ。心の声です。)

           

          現在の世の中では、物事に対する「なぜ?」が意外と蔑ろにされているのではないでしょうか。物事を表層的に捉えて納得させられる、または、分かった気になる場面は多く見られます。企業が消費者に事細かく説明をしたところで、“理屈っぽい”とか、“話が長い”とか、消費者は面倒臭がって見向きもしないかもしれません。あるいは、企業側の都合で説明があえて控えられているのかもしれません。企業秘密的な都合は兎にも角にも、消費者は「なぜだろう?」を普段から気にする癖を身につけたいものです。人の脳の活動は楽な方へ傾きがちです。考えることをさぼり続けると鋭い気づきを失ってしまいます。そして自分の気づかぬ内に、操作された情報に流されているものです。

           

          なーんも考えないとこんなことに…!?

           

           

           

           

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          気づける人になるために−AI時代に生き抜く力−

          2019.03.04 Monday 14:38
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            近頃のスーパーでは、セルフ化・半セルフ化されたレジが見られるようになりました。私がたまに行くスーパーには、半セルフ化されたレジが並ぶ中、一台だけお釣り渡しまで店員さんが行う従来式のレジがあります。時代に逆行するひねくれ者の私は従来式のレジに並びます。というのも、このレジを担当している店員さんの接客応対がすこぶる気持ちいいからです。

             

            常連と思しきおばあちゃんに何やら話しかけられると、「そうですね、おばあちゃん…今日は○○ですか?」なんて具合に自然な感じで言葉を返し、お父さんに抱っこされた幼児に見つめられると「バイバイ〜♪」とこれまた自然な笑みで見送ります。はきはきした声とにこやかな表情に「演劇志望の方なのかな」と私は勝手な想像すらしています。この店員さんの凄いところは“良く気づく”点です。重いものがあれば丈夫な袋を出してくれます。お客の両手がふさがっていれば買い物かごを荷物台まで素早く運んでくれます。支払い時に端数を合わせようと財布の中の小銭を探していると、そうしたお客の仕草を察知してお代を受け取る手のひらを出さずに待ってくれます。レジが空いていればレジへ向かいそうなお客に遠くからでも「こちらのレジへどうぞ」とサッと誘導してくれます。いずれも接客マニュアルに書いてあることかもしれませんが、自然な流れとここぞというタイミングにマニュアルを超えた技能と気持ちが感じられます。半セルフ化レジ担当の店員さんがバイト感溢れる接客対応であるのと比べても、この店員さんの素晴らしさが際立って見えます。

             

            この店員さんに備わっているもの、それは、お客ひとりひとりに対する観察眼と想像力なのでしょうか(上から目線で失礼!)。レジという定点から見える景色に潜む情報を読み取り行動に繋げていく。お客の行動と心理を読み、さらにはお客がスーパーに来て帰るまでのストーリーを想像する。“気づく”とは観察して考えることから生まれます。気づける人は、仕事を楽しく行い、自ら仕事を創り出せる人になれるでしょう。

             

             

            ■AIが人から仕事を奪う日はやってくるのか

             

            現在10代の子どもたちが社会の第一線で活躍する頃には、AIが既存の仕事の多くを人から奪うと囁かれています。明確な根拠なくメディアが煽る話を真に受けて怖がる必要はありません。そもそも思考と感情を持ち併せたアンドロイドのような“AI”は未だ存在しません。メディアが使用する“AI”という言葉は、正確に言うと情報検索・文字認識・音声認識・自然言語処理・画像認識等を行う“AI技術”を指しています。しかしながら、AI技術が日進月歩で進化していることは事実ですから、AIが人に代わって仕事を行ったり、社会の枠組みを変革したりすることは避けられないでしょう。

             

             

            ■AIができること−AIが学習する仕組み−

             

            AIが人より優れている面は、規則的な関係性を学習認識し、データに忠実かつ大量に情報を処理することが可能な点です。AIとは、計算で表現できるものであれば学習して処理することができる、いわば演算技術です。物流倉庫のオートメーション化・自動運転技術を伴ったタクシーの効率的配車・画像認識カメラと電子マネー決裁による無人店舗・ビッグデータを分析したマーケティング・保険や金融商品の需要予測と運用分析・病巣を発見する画像診断など、物流・運輸・流通・金融・医療などの業界でAIとの親和性が高く、AIが果たす役割は増大しそうです。

             

            AIに一つの処理作業を行わせるためには、膨大な教育データを作成して、これを一つずつ学習させなければなりません。これは“機械学習”と呼ばれています。AIを学習させる教育データは、何百万とか何億とか数が多ければ多いほど、AIの精度を上げられますが、教育データを設計作成するのは人間ですから大変な手間と費用がかかることになります。現在のAIブームに火をつけた“ディープラーニング”とは、教育データからAIがパターンを認識し、自律的に学習できる深層学習という技術です。ディープラーニングによりAIは加速度的に進化を遂げられるようになりました。それでもAIができることは、規則性があり計算で表現が可能な事象に限られます。

             

             

            ■いまだAIが到達できないこと

             

            AIに不可能な点は、“常識”や“心理”など人が感覚的に持っている非論理的事象を理解することです。

             

            先日とあるテレビ番組で、画像認識技術を利用して野良猫を撃退するAIロボット「ニャンニャウェイ」が紹介されていました。このロボットには、1万枚もの猫の画像を機械学習させてあります。近づく物体を猫か否か識別して、猫と判断すれば水をかけて撃退するそうです。番組では「ニャンニャウェイ」をだませるのかというテーマの下に検証実験を行いました。まず登場したのは、犬の写真です。見事に放水されず「ニャンニャウェイ」の勝利に終わりました。続いて、猫に変装した人間に反応するのかというお題で登場したのは、全身豹のコスプレに身を包んだ岩井志麻子先生です。豹が憑依したかのような動きを志麻子先生が見せると、「ニャンニャウェイ」もたまらず放水してしまいました。志麻子先生は、「私の女優生命がかかっている…」的なことをおっしゃっておりました。先生、さすがです。

             

            AIの機械学習とは、限られた条件の下、統計的に事象を記憶し認識する作業です。統計的な認識ですので、「ニャンニャウェイ」は、教育画像から得た情報とカメラに映った物体が一致するか否かの作業を繰り返しているにすぎません。野良猫とは何か、目の前で不可解な動きをする女性は何を企んでいるのか、という常識や意味を「ニャンニャウェイ」が考えているわけではないのです。志麻子先生のコスプレと動きがどんなに猫らしくとも、私たちにはそれが人間(志麻子先生)であることは一目瞭然です。それは、私たちが常識や意味を理解して判断できるからです。「ニャンニャウェイ」は、今回の敗戦を受けて精度を上げてくるでしょう。しかし、AIが常識を覚え、意味を理解して行動することはありません。少なくとも私たちと子どもたちが生きている時代には。

             

             

            ■人間が本来持ち合わせている能力を研ぎ澄ませ

             

            人は複雑な処理を一瞬にして判断できる生き物です。状況判断をして臨機応変な対応ができる、気づきと創造ができるという点では人間に分があります。物事を暗記して指示された通りに行動するだけならば、AIに任せた方が成果を期待できるでしょう。

             

            「気づく力」を養うには、普段から観察する眼と「なぜ」を考える癖を身につけることが役立ちます。視点と角度を変えて物事を眺めてみると新しい景色が広がるかもしれません。勉強や運動や趣味活動の中に、あるいは何気ない生活の中にも題材は転がっています。勉強に関して言えば、一問一答的な暗記やパターンを学習するスタイルではなく、疑問を起こし自らに問うスタイルで取り組むと「気づく力」が養われます。(知識を蓄積しなくていい訳ではありません。考える基礎力として知識は必要です。)意味を考えて行動する。私たちが忘れてはいけない、そして研ぎ澄まさなければならないことです。

             

             

             

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